2015年11月23日月曜日

[小説]私と猫 - 猫との出会い

8年前の夏、私は1匹の猫と出会った ―――。


当時、知人のモトキからこんな依頼があった。
「手作りでコンサートのイベントをしたいから手伝ってくれない?」

モトキはアコースティックギターを弾くのが好きな「売れない音楽家」だ。地元の友人などを集めて音楽サークルで歌を歌っていた。

私は、当時話題になり始めていた「こころの病」に冒されていた。仕事が手に付かなくなり、勤務していた会社では、療養のための休暇をとっていた。
多忙だった日々から一時解放され、時間に束縛がないことが安らぎであった。しかしながら、引きこもりがちの生活では少し時間が余り、暇を感じることもあった。忙しくない程度での人との交流の中で、こころの病を改善させるきっかけがつかめるかも知れない、という甘い期待を抱いて、手伝いを引き受けることにした。


モトキには、オオサワさんという一家と、家族ぐるみでお付き合いがあった。オオサワさんも手伝いを引き受けてくれたようだ。
モトキから話があり、オオサワさんの自宅で打ち合わせをすることになった。

オオサワさんは猫を1匹飼っていた。それともう1匹、急いで用意したと思われるケージの中で、毛布にくるまれた仔猫がいた。

これが私とこの猫との初めての出会い。私はこの仔猫に一目惚れしてしまった。

手のひらに乗るほどの小さな体。鳴くのにはまだ慣れていなかったようだ。体毛が長めでふっくらしていた。


モトキが友人やオオサワさんらと山林へ出かけた時に、この猫は捨てられていたそうだ。彼らは見過ごすことができずに連れてきたのだが、他の動物を飼っているなどの理由で扱いに困っていた。一時的にオオサワさんの自宅で世話をしていたのだが、先住の猫が嫌がっていたらしい。

「引き取ってくれる人を探そうと思ってね」、彼らはそう話していた。


その猫を飼ってみたい ― その思いが強まっていた私は、母に何度も相談した。こころの病に冒されて感じる孤独感、さみしさ。この猫がいてくれたら幸せになれそうな予感がした。

彼らが里親を見つける前に、私の母は私の説得に応じてくれた。飼いたいという旨を伝えると、彼らも、知人である私が引き取ることで安心感があると、同意してくれたのだ。


猫を自宅へ連れてくることになった。
オオサワさんの自宅へ行き、仔猫を抱き上げる。と、とたんに逃げられてしまった。
これはマズい、遠くへ行ってしまったどうしよう、と追いかけた。飼い始める直前にお別れか…。
幸いにも、住宅の敷地から外へ出ることはなく捕まえることができた。

「飼い主になるんだから、ちゃんと捕まえておけよ」と、早速念を押されてしまった。

オオサワさんからは、少しのキャットフード、急いで用意した簡易的なトイレと、仔猫の匂いの染みついた毛布を一緒にいただくことになった。本当は飼いたかったオオサワさんは、少し寂しそうにしていた。大切に育てよう、そう思った私は、翌日には早速、トイレやキャットフード、首輪など一式を用意した。


実は、飼い始め当初は、私の父は反対していた。理由ははっきりとは聞いていない。そのため、仔猫の行動範囲は、私の室内に限られていた。もちろんトイレも私の部屋に置いていたので、糞尿のにおいには難とも言いがたい思いで過ごしていた。

行動範囲が私の部屋だけだった頃は、棚に上ったり、狭い隙間に入り込んだりと、狭いながらも元気よく駆け回っていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿